【行ってみました よその国】B
ロシア土田宇快さん 厳しさ乗り切る互助精神
ピアノで伝えたい ロシアの素朴さ
日本と国境を境にし、北方領土問題も抱える、近くて遠い国ロシア。「ゆったりとした風土」に心地よさを感じた土田宇快さん(25)は、ピアノ修行の場にロシアを選び、99年渡露。長く厳しい冬と経済不安も残る国で見つけたのは、日本が忘れかけていた「武士道」精神だった。 例えるなら、ロシアは偉大なる田舎。世界最大の国土、対岸が見えない広大な川、時刻通りに来ない電車…。街を走りぬける日本産中古車を見ると、昭和30年代にタイムスリップしたようだ。
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どこか懐かしさを感じる国ロシアを、宇快さんは音楽家としての修行の地に選んだ。当初の予定では、桐朋高卒業後の留学先はドイツ。だが、高校の夏休みに実際に行ってみると「何事もきっちりしている」ドイツより、ロシアの「大らかな風土」が、自分の感性に合った。
例えば、田畑。正確に測量され四角く並んだドイツの畑。一方、ロシアはもとの地形や歴史に影響され、同じ形が1つとない。街並みも欧米が格子状・放射状に整えられているのに比べ、川の流れに沿って続くロシアの道に気持ちが溶け込んだ。
「頭で数学的に」より、「今そこにあるものを生かす」道を考えるのがロシア流なのか。
それは音楽にもある。『トルコ行進曲』のような音符が巧みに配列された音階を“欧風”とすると、『白鳥の湖』の長い1フレーズだがその情緒豊かな調べはまさに“ロシア風”といえる。
「子供のままで大人になった」。ロシア人の、感情を素直に表現する“素朴さ”を、そう表現した。
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「太陽が見えただけで幸せを感じる」。アルバムには何枚もの晴れた空と太陽の写真をはった。1年のほとんどが分厚い雲に覆われ、昼夜問わず薄暗いロシアの空。日照不足で、農作物の種類や味は日本より劣る。そこでは、太陽のありがたみと日本の豊かさを感じた。
冬は長く厳しい。9月にはコートが要り、12月にはまつ毛が一瞬で凍る。近所にパンを買いに行くのにも一苦労で「1日にひとつのことしかできない」のが冬の生活だ。
毎日、欠かせないのは湯気を囲んでの「お茶会」。紅茶を飲みながら、音楽、哲学、様々な雑談をする。携帯電話が普及しても、「相手の顔を見て話す」のが鉄則だ。
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厳しい自然環境とソ連崩壊後の経済混乱を経験したロシア。1ルーブルが朝起きると1万ルーブルになっていたことも。その経験から「互いに助け合うのが当たり前」。
それは「かつて日本にあった」もの。自分1人の力ではどうにもならないことがあることを知り、力の限り自分以外の大切なものを守ろうとする、謙虚で強い生き方。そんな人々が持つ「ロシア魂」は「日本の『武士道』に通じる」という。
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02年結婚し、昨年6月、出産のために帰国。日本について「お金さえあれば、どうにかなる世の中になりつつある」と感じる。我が子と日本の子供たちに、ピアノを通じて、「日本人の忘れかけているモノ」を伝えていきたい、と考えている。
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24日14時、新習志野公民館で演奏会。当日受付、入場無料。
■プロフィール 80年生まれ。秋津小―習志野七中。桐朋学園高等学校音楽科でロゼピアノコンクール学生の部1位。99年モスクワ音楽院入学。02年に同院の大学院生・土田定克さんと結婚した。05年出産を期に帰国。音楽教室で子供の指導に取り組み、夫と共に演奏活動も行う。
■ロシア 面積約1707万平方bで日本の45倍。人口1億4350万人(05年)。首都は西部のモスクワ。91年、ソ連崩壊で社会主義国家から市場経済に。公用語はロシア語。モスクワとの時差はマイナス6時間(夏は5時間)。成田からモスクワは直行便があり、4時間程度。
【行ってみました よその国】A
地域のつながり大切に 暮らし楽しむ天才たち
オペラの本質を探りに、02年、指揮者の吉田裕史さん(37)は聖地・イタリアへ渡った。歴史的街並みが残る首都ローマ、芸術の香り漂うフィレンツェ、ファッションの最先端ミラノ、水の都ベネチア…。さまざまな表情を見せるこの国には、「暮らしを楽しみ、ふるさとを愛する人があふれている」。
すべての道は、ローマに通ずる―。オペラの道をたどって行き着いたのもイタリア。世界のオペラの60%はイタリア語で上演される。それに「魅せられてしまった」以上、「行くしかなかった」。
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まずは、ローマ歌劇場で、ネッロ・サンティ氏など多くのマエストロに学んだ。
歌劇場に入るには許可証がいる。IDの提示だ。顔見知りになると『ボンジョールノ』で通過。ついには『チャオ』で済むようになった。いかにも、陽気で気さくなイタリア気質だが、段階を踏まなければならないところに、「友人関係や地域の人々のつながりを重んじるコンサバティブ(保守的)な部分を垣間見た」。
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日本では「高尚」「高額」など敷居高いイメージがつきまとうオペラだが、現地では大衆文化。公共の歌劇場が点在し、市民が気軽に出入りする。
「さあ、どんな舞台を見せてくれるのかな」。シートにゆったり腰をかけるのが観客の流儀。
「(舞台から)客席を見渡せば自ずと、最高のパフォーマンスへの気持ちがみなぎり」、観客の視線に役者は躍る。文化が継承され、発展するゆえんだ。
「マンジャーレ(食べて)、カンターレ(歌って)、アモーレ(恋をして)」はイタリアの国民性。
「日常を楽しもうという意欲にあふれている」。だからこそ、「日本でオペラを広く紹介すること」を目標にした。
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公演でイタリア国内を巡る日々。そこで気づくのが、都市それぞれに表情が違うことだ。それは風景だけではなく、言葉もそうで、方言によって辞書があるほど。熱狂的に地元サッカーチームを応援するヨーロッパ市民の姿は日本でも知られるが、キリスト教の国らしく、教会の鐘が聞こえる範囲に住む人々の郷土愛が今もある。
今住んでいるローマは、古代ローマの遺跡やバチカン市国がある歴史の街。地下鉄の新線工事が、遺跡にあたって休止した話題は興味深く聞いた。「利便性」と「まちの誇り」。どの道を歩むかは、市民の選択だ。
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幼少期からの船橋育ち。音楽を始めたのも法典小の器楽クラブで「船橋は愛着のある故郷。音楽やスポーツ活動が盛んで人口も増えているので発展し続けている印象」。来年迎える市制70周年に触れ、「ぜひ記念オペラを上演したい」と話す。
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地元では12月16日、船橋市民文化ホールで行われる「船橋市交響吹奏楽団創立記念コンサート」に出演する予定。ホームページhttp://www.hirofumiyoshida.com
■プロフィール 68年生まれ。法典小―法田中。東京音大を出て、00年には文化庁派遣芸術家在外研修員としてドイツへ。02年五島記念文化賞・オペラ新人賞受賞。同年イタリアへ渡った。今年ルッカ・ジーリオ歌劇場(伊)首席常任指揮者に就任。そのほか、各都市でタクトを振る。
■イタリア 面積は日本の4/5にあたる30・1万平方`b、人口5846万人(05年)。首都はローマ。46年に王制から共和制に。日本との時差はマイナス8時間(夏は7時間)。日本からイタリア各都市へ直行便があり12時間程度。
【行ってみました よその国】@
中米・ベリーズ佐々木麻子さん
海、パレード…生活楽しんだ 可能性あふれる小さな国
 メキシコ南部に接しカリブ海に面したベリーズ。佐々木麻子さん(27)は、「アメリカの片田舎の雰囲気とラテンの明るさに魅力を感じて」、25歳で渡航。青年海外協力隊員として2年間、ベリーズ政府の青少年活動担当官を務めた。新シリーズ「行ってみました よその国」は、本紙エリア内出身者で海外での生活を経験した人に、現地の状況、日本との生活や価値観の違いなどを聞く。(毎月1回第3週掲載、8月は第2週の予定)
協力隊員として取り組んだのは、現地の若者の起業家育成。02年当時、同国の平均年齢は19歳。それにもかわらず、働き盛りの14〜29歳の失業率は19%と高かった。「就職先がないなら作り出そう」とベリーズ政府が立ち上げたのが、「未来のための青年事務局」。そこに2年間在籍した。ビジネスプランコンテストやマーケティング講座など、育成プログラムを運営。生産過剰の果物でジャムを作り、流通に乗せることにも挑戦した。現在、失業率は約11%と改善に向う。
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滞在したベリーズシティは、人口4万9050人の国内一大都市。スペイン系、カリブ系、アフリカ系、ビジネスのインドや中国系など多国籍で構成される、「みんなちがって当たり前」のまち。人々は明るく、おおらかな印象という。
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現地では、太陽に従う?生活。日が昇るころ起きて、街場の若者と話したり、マーケットに行くのも仕事。終われば、ジョギングや空手の練習が日常だった。週末は、季節ごとにマナティーやジンベイザメウォッチング。イベント好きのベリージアン流にパレードにも参加した。何もない日曜はハンモックでのんびりするのも粋。食事は、ご飯と豆を一緒に炊いたライス&ビーンズが主食で、ヒキティ(川カメ)やハリネズミにも挑んだ。
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「若者の働き方」は、今、日本でも興味深いテーマ。ただ、「『働く意欲』を刺激するというのは、日本人の発想」。途上国にはまず、「何かやる」という選択肢がない。せっぱ詰まっている人は自ずとすがりついてきて、業務としては、生活に余裕のない人から1つでも機会があれば働き口を紹介していく。文句を言って途中でやめてしまう人はまだ余裕のある人だ。
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「人間は成長し、変化する生き物だと思う」。日本には様々な選択肢があるはずで、「やりたいことに出会ってない人は、それに到達するまで、考えるより体を動かしていた方がそれに出会える確率が高くなる」。船橋には04年、「若者キャリアセンター」が開設された。「便利なものは使って可能性を伸ばせばいい。だた、本当の探しものは自分で見つけるしかない」。途上国でも、立ち止まったままの人は「一生ココナッツの木の下」だ。
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14日に帰国。しばらくは、「進路を見極める時間をとる」つもりだ。地元の学校などで活動について話す機会があるといいとも。
そして次の夢は、ベリーズに日本人では初めてのNGOを立ち上げること。2年の活動を経て「今、スタートラインに立った」。カリブ海の小さな国には、「限りない可能性がある」。
■プロフィール 79年5月17日生まれ。市場小―宮本中。大学卒業後、外資系コンピュータ関連会社へ。同時に船橋市スポーツ健康大学を修了。子供ミュージカルの歌唱指導など地域活動にも参加した。
■ベリーズ 81年に英より独立。面積は日本の16分の1で四国程度。人口約28万人。日本との時差マイナス15時間。公用語は英語。成田から米・ヒューストンを経由。メキシコのカンクンからバスで入る裏技も。
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