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134 「後期」高齢者

 発端は3月11日付で市からきた通知だった。
  「65歳以上75歳未満で老人保健医療受給者となっている方へのお知らせ」というのだが、読んでもよく分からない。
  「脱退届」とある紙が同封してあり、被用者保険に加入の該当者(65歳〜75歳の障害者)は老保を脱退するか、75までつづけるか選べということらしいが、なぜ選ぶのか、選ぶとどうなるという説明がない。市に行って尋ねると、被用者保険関係は不明(国保の係りなのでと)。選ぶのは制度が変わるためと言うだけ。しかし、筆者もやっと制度ということに気がつき、前記通知を読み直すなどした結果、分かったのがこうだ。
  1、75歳以上の全老人が対象の新しい医療制度ができる。 2、65歳〜75歳の障害者も同じに見なして加入させる。 3、その名称が「後期高齢者医療制度」で、保険料を各自の年金から天引きする。 4、これまで被用者保険で被扶養者だった障害者(配偶者も)からも、扶養者とは別に1人分の保険料を徴収する。 5、制度は4月から実施だが、それは2年前から決まっていたことで、最近の決定ではない。
  つまり、実は小泉政権に発端はあったのだが、それにしても「後期高齢者」の「後期」は刺激的だ。65以上の障害者は同然というのも。自分の今を表す適切語として、このところ折があるとこの言葉を口にしている。

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133 ヴィーナス

上野美術館で「ヴィーナス展」を見てきた。イタリアルネッサンスの画家たちの作品展だが、筆者はそこでいくつも自分が知らずにいたことがあるのを教えられた。その第1、ヴィーナスとは女神のことで、単なる裸婦ではないこと。第2、だから絵にも、女神ならではの約束があること。たとえば必ず一緒にキューピッドも描かれているなどだが、そもそもそのキューピッドがヴィーナスの息子であるのも、うかつなことに知らなかった。
  呼び物になっている「ウルビーノのヴィーナス」。このティツィアーノの名画にしても、「ウルビーノ」が何のことか分からない。実は当時あった小国家の1つ(日本の藩のようなもの)だが、調べるとこれがキリない。位置はイタリア北部で、強国のフィレンツェに近い。フィレンツェの支配者はメディチ家で、ローマ教皇(法王)を出すほど権力がある。その親類筋だということで、教皇からウルビーノの領主を拝命したのがデッラ・ローヴェレの一族。
  NHK「日曜美術館」によると、「ウルビーノのヴィーナス」はローヴェレ家の1人で、領主も務めたグイドバルド・デッラ・ローヴェレの依頼で描かれた。モデルはヴェネツィアの娼婦だというが、驚くのは人口11万人のヴェネツィアに1万の娼婦がいたとの話だ。
  画面の中に横たわり、意味ありげな顔の裸婦。その眼は500年の時を超えて、女神と娼婦のちがいは何か、と尋ねているようだった。

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130 戦友逝く

 老年になると友達がいなくなると何かで読んだが、確かにそうだ。新しい友人はできないし、これまで関係のあった人とも疎遠になる。残るは何十年もの交流が続く友人であるが、そんな友人は何人もいない。筆者などもごく数人だが、その1人がFさんだ。
  40年以上前のある日。陳情で行った首相官邸の近くで名乗りあったとき、彼は筆者よりも年上ではあったが30代だった。しかし、その頃のおよそ自立とは遠い筆者とちがい、Fさんは翻訳の仕事を持ち、結婚もしていた。驚いたのが語学力である、英語だけでなく、仏、露、中国語からハンガリー語なども読みこなし、しかも独学で習得している。聞いても半信半疑だったが、彼も障害者で高校も行ってない。そんな中で外国語、それも何ヵ国語もマスターしたのは、不屈の努力によるものでしかなかったろう。
  ということで、筆者がFさんに接したのは、障害者運動での関係が多かったが、そういうところでもその不屈は変わらなかった。一時期、一緒に運動体で活動したが、相手がだれであっても怯まず、主張すべきを主張しぬく姿勢は、彼の生き方そのものだった。杖をつき、鋭い眼光を前方に向け、すっくと立っていたFさん。いつか見たその彼の姿が、ときどき鮮烈に蘇る。それはそのまま筆者を導く先達の姿でもあったが、歳々年々人不同、去る2月16日午後、Fさんは天然に還った。
  享年78。わが戦友の死である。
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129 季節はひな飾り

 しばらく前だが、何年ぶりかで妻とデパートに入った。生後9か月になる孫の初節句で、雛人形の一つもというのであったが、妻と一緒も珍しければ、そういう売場に行くのも久しぶりだ。受付けで聞き、教えられた場所に行くと、昔はフロアーじゅうに飾ってあったのが、限られた一角のコーナー風になっている。段飾りがほとんどないのも、様変わりだった。
  それでも内裏雛の並んでいるのを見て回っていると、「お引きしますよ」と店員が密着してくる。客の心理を揺すって、より高額な物をというのだろうが、あいにく財布が応じきれない。結局、その売り場では中くらいの値の人形を買ってきたが、後日、ネットで検索すると、卸元は創業300年の江戸の老舗とか。男雛も女雛も、面立ちが端正で、表情もアルカイックだ。
  ついでに由来を調べると、漢の時代の中国で、3日で3人の女児に死なれた男を憐れんだ村人が、女児を水葬で弔ったのが起源。日本ではそれがひと形流しの厄払いに変わり、3月3日に「上巳の祓い」として、平安の頃に始まったとある。「上巳」は5節句の中で、一番年初になる節句。今のような雛飾りは江戸中期からだそうだが、いずれにせよ女性の祭りであるのは確かだ。
  それかあらぬか、人形も女性は豪華だが、男は貧相である。「どうも気にいらないな」と筆者は言って、買ったときも決め直したくらいだ。

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128 2月14日

 ローマ時代の西暦269年(70年説もある)2月14日、今のイタリアのティラモという町のキリスト教の司祭が、皇帝に抗した罪で処刑された。軍隊の兵士が妻など持つと、戦時の際の士気が減じるとして、皇帝が禁じた兵の結婚を行なったからである。早く言うと殉教者だが、この司祭の名がヴァレンティヌス。英語で読むとバレンタイン(カエサルをシーザーと読むように)で、これが例のデーの由来とされている。
  ところが、はっきりしない話には異論がつきものというか、もう1人別のバレンタインもいたとの説があるらしい。こちらはゲルマン系の人物で、4世紀頃の司祭だ。レディァのバレンタインというのだが、この人は任地の混乱で教会を追放され、南ドイツを転々とする巡回司祭になる。その巡回中、限られた場所に隔離された障害者などを慰め、愛しんだので知られるというが、この話も、殉教司祭の話も、しかし事実であるとの保証はない。
  で、現在に話を移すと、今年の本命は贈るチョコではなく、自分が食べるチョコなのだとか。いろいろな食べたいチョコを買ってきて、ゆっくり1つ1つ味わっていく。本当かどうか分らぬが、何やらTVの食べ放題や、何々依存症の映像がイメージされてくる。
  「へえ。でも、チョコなんていつでも売ってるじゃない」と筆者が疑問を口にすると、そのトピックの提供者は言った。
  「その時しかない品があるんですよ」

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127 わいせつ基準

 昭和20年代と言えば60年も昔だが、その頃のことで今も記憶にあるのがチャタレイ事件だ。作家の伊藤整が訳した「チャタレイ夫人の恋人」という本が摘発をうけ、わいせつの罪で裁判になったのだが、同書は純文学の小説である。わいせつの意味をめぐって、日本中が沸騰した。
  本は発禁になったが、出版してからだったので、読者の手にも渡っていた。露骨な性描写があるというので、当時思春期の筆者は興味津々なだけだったが、もっと上の世代では本を回覧して、読書会なども開かれたりした。およそ現代から見ると、何とも奇妙な騒ぎであったが、近着の仏映画「レディ・チャタレー」は、そんなことも蘇えるほど、往年のムードが豊かだ。
  原作はD・H・ロレンス。監督パスカル・フェランの映画で、戦争による負傷で不能になった夫を持つチャタレーが、同家の森番のパーキンと接し、性の悦びを交わす中で、生命の再生を覚えるというもの。筋も、自然謳歌のテーマも、原作にほぼ忠実で、男女が近づき、身分や階級を越えて、体も心も結ばれる過程が、淡々と描かれていく。
  繊細なタッチに絵画的なカメラワーク。ドラマ性は乏しいが、森や林の木々の映像、チャタレイの膚の色、男女の情景など、暖かで美しい。彼女が靴下を脱がされる場面では、その靴下に時代色があり、郷愁の匂いが醸してくる。筆者を含め、観客に高齢男性が多かったのも、むべなるかなと思った。

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126 
ペットボトル
5年前のパレスチナに行ったときだ。砂漠地帯で炎天は摂氏40度、水分補給を度々しないと脱水症状になるというので、水入りのボトルを携行して回った記憶がある。
  ボトルの必要は発つ前から言われたが、現地は水道も自販機もない、水は住民も店で買っていると聞き、自分の日常にそういうことがないためか、びっくりしたのも覚えている。だがその後間もなく、日本でもこのボトルが現れ始めた。最近ではそれがさらに一般化して、電車の中などでも、こうしたボトルの愛用者が少なくない。先日も筆者の乗った車内の座席で、文庫本を読んでいた妙齢の女性が、本を閉じると鞄からボトルをとり出し、中の水を一口飲んでまたしまった。スレンダーの髪が似合う美人だったが、周囲を気にする様子もないのを見ると、それはすでにそこまで市民権を得ているのか。
  ボトルは会議にも登場した。筆者の体験は昭和50年代からだが、当時はコーヒーか紅茶が普通で、途中の頃合いをみはからって、お給仕さんらがワゴンで運んできた。最初に会議のボトルを目にしたのは、TVの外国ニュースだったが、今や津々浦々まで広がり、ボトルの中もお茶が殆どだ。自販機で買えるし、持ち帰りもできる。合理的といえばそうだが、何とも味気ない。
  某日、妻にそのことを言うと、答えていわく。
  「省エネよ。どうせなら会議時間も半分にすりゃいいのにね」



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125 課題
も年越し

会議があって県庁に行った。県庁は千葉市のほぼ中央にあり、交通手段はJRか京成線だが、筆者は主に京成を使っている。
  理由は、地上からのエレベーターができるなど船橋の京成駅が整備されたのと、千葉の駅から県庁までの距離が京成の方が近いからだが、くわえてもう一つ、千葉の京成駅があるビルは、1階が飲食街なこともある。電車を降りて、目的のところに行く前の食事や休憩などに都合がいい。この前ビル内の映画館で「アフター・ウェディング」というデンマーク映画を観たときも、ヘルパーと牛丼を食べている。
  「アフター・ウェディング」はコペンハーゲンの資産家家族にヤコブというインドの孤児院で働く男の絡むメロドラマで、資産家夫婦の娘の祝宴に出席したヤコブが、夫婦の妻の方と過去に関係があり、娘はその妻との間にできた子どもと知る。いわばメロ定番の物語だが、にもかかわらずそこから感動が迫ってくるのは、冷酷なまでにリアルな演出の産物か。
  「私にとって重要なのは人間自身を描くことです」と言うスサンネ・ビア監督の眼は、人間の持つ本性を鋭く捉えて、しかも優しい。観てよかったと思ったが、そんな映画もやっているのがそのビルの映画館だ。
  さて会議は、障害者の就労と権利擁護がテーマだった。しかし、どちらも簡単ではない。森の中で迷っているような議論のあげく、課題は年を越すことになった。 


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124 それぞれの歳末

  師走。季節の変化が速いのか、人も自然も冬の色だ。街路樹も黄葉して、職場のビルの前の路が落ち葉で埋まっている。
  路からひっこんでいる筆者の職場は、玄関の前が吹きだまりになり易い。数日前など、風もあったせいか、吹き寄せられた落ち葉で、足の踏み場もない始末。職員2人で掃き集め、ポリ袋に入れるといっぱいになった。
  2人と路上で話していると、車道に停まったバスのドアから、ドドッと何十人も降りてくる。バスのプレートを見ると、駅前通りのその路をもっと南下したところにある会社名。それも1社や1台ではなく、中には路線バスの貸切りまであり、最初は帰る人を駅に送っているのかと思ったが、駅まではまだ徒歩10分ある。
  なぜと訝ったが、翌日、買い物があって外に出ると、職場とは反対側の歩道に人が並んでいる。近づくと女性が大半で、熟年がほとんど。すると社名のついた車が来て、その人たちを運び去ったので気づいたが、つまり派遣社員か、パートさんなのだ。
  別の日、長い間空いていた隣のテナントに、新しく入ることになった人が挨拶にくる。来年の1月から、うどん屋をするとのこと。うどんは1玉200円。そこにつく具によって、値段に差をつけるそうだ。
  まさに、それぞれの歳末、そのすべてを包んで。時が轟音を立てている。 

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123 冷戦描く映画


  世界が熾烈な冷戦の中にあった1961年、米国はキューバのカストロ政権を転覆すべく、奇襲攻撃を試みる。CIAの指揮の下、亡命キューバ人を使っての作戦だったが、情報が事前に漏れてしまい、攻撃は失敗する。だれが情報を漏らしたのか?
  映画「グッド・シェパード」の物語は、この冷戦時代の事実を題材に、米国と旧ソ連が繰り広げる冷徹な情報戦の実相と、米国が対ドイツ戦にくわわる第二次大戦から20数年に及ぶCIAの変化と歴史を描いていく。監督はデ・ニーロ。前半は冗談なところもあるが、「ユリシーズ」の異名で呼ばれるソ連のスパイが正体を現す後半の迫力はリアルそのもので、シーンごとに増す緊張感は圧倒的だ。
  それに俳優もいい。ことに主役であるCIA幹部のエドワードとその妻、「ユリシーズ」のソ連KGB諜報員のミロノフ、エドワードの渇きを癒す謎の女性ローラを演じる4人の演技は、それぞれの役柄を表現しきっている。なかでも可憐さの陰に妖艶なものがあるローラの魅力は抜群。だがそれは冷厳な現実におけるオアシスの設定と思った刹那、彼女に銃弾が撃ち込まれる。
  協力者だったローラが、その枠から踏み出るやミロノフの手にかかる。時の大統領ケネディなどのニュース映像も使いながら、CIAの真実に迫るこの映画は、その最深の暗部をも照射して余すところない。 


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122 伝統のホテル

  都心の真ん中にある帝国ホテル。「1度は泊まってみたいホテル」の1位になっているが、某日、ある催しがあって行ってきた。
  東京駅までJRで行き、そこからは電動。丸の内口に出て、高級ブティック街を西へ走り、さらに二度曲がって帝劇、丸の内署を通り越すと、20分でホテルだ。左端の通路から玄関に入っていくと、寺院のような荘重だが仄暗いフロアが広がっている。このホテルの名は昔から有名で、筆者にも特別のイメージがあったが、いざ行ってみると別に何もない。大理石の柱。ロココの装飾。シャンデリア。確かに豪華だが、それだけである。
  外資系の経営が多い中、純血種を守るこのホテルの歴史は長い。19世紀の1890年落成。明治の大物たちが造り、米国の建築家ライトの設計した大谷石の建物が著名。ネットにはそうあったが、筆者が見た限りでは普通のホテルだ。ふと前に来たときに身障者トイレがなかったのを思い出し、柱の陰にいた警備員に聞くと、「2階です。1階はないんです」という答え。2階に行くと、小奇麗だが後から増設した風のトイレがあった。
  ところで、催しは主催団体の新役員披露で、与野党の幹事長、代行、党首等が、壇上でハッピを着て鏡割り、オプションもあって由紀さおり、安田祥子の姉妹が歌を聴かせた。歌の合間に由紀さんが挨拶。「日本の良い歌を広めたい」と話していたのが耳に残っている。

 


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